なぜ、極寒の海へ向かうのか
「そんな寒い日に釣りなんて、バカじゃないの?」
我々釣り人が、家族や友人から冬の間に何度となく浴びせられる言葉です。
確かに、氷点下の風に吹かれながら糸を垂らす姿は、合理的とは言えないかもしれません。しかし、そこには釣り人にしか分からない、ある「確かな答え」があります。
SNSのタイムラインで偶然見かけた、とある週末アングラーの投稿。
そこに、私の探していた答えの全てが詰まっていました。
今回は、そんな一人の釣り人の「1月の締めくくり」を紹介したいと思います。
あるアングラーの独白:「脂まみれの包丁と、家族の掌返し」
いつものように帰宅したのは、午後3時を回った頃だった。
冷え切った体には、心地よい疲労感と、それを上回る重い筋肉痛が残っている。
玄関を開けると、静かだ。休日の午後、妻と娘はリビングにいるはずだが、出迎えはない。
分かっている。今朝5時、暗闇の中で準備をする私に向けられた「呆れ顔」を思い出す。
「こんな寒い日に海行くとか、正気?」
その言葉を背に受けて出発したのだ。当然の反応だろう。
しかし、今日の私には「切り札」がある。
クーラーボックスの中で鈍い輝きを放つ、11kgオーバーの寒ブリだ。
面倒くさい、でも愛おしい「後始末」
シンクに巨体を横たえる。
正直に言えば、この時点で体力は限界に近い。道具の塩抜きをし、リールにオイルを注す。冷水で手を洗うたびに指先が痺れる。
「面倒くさいなあ」
独り言が漏れる。でも、不思議と嫌じゃない。
魚を釣り上げるだけが釣りではない。道具を労り、命を頂き、食卓につなぐ。この泥臭いプロセス全てを含めて「釣り」なのだと、自分に言い聞かせる。
出刃包丁を握る。腹に刃を入れた瞬間、確信した。
「……勝った」
刃が滑るのだ。内臓脂肪がとろりと溢れ出し、まな板が白く濁る。
背中の身を切り離し、皮を引く。包丁の柄まで脂でベトベトになる。布巾で拭っても、すぐにまた脂で光る。
夏のブリにはない、冬の海で耐え抜いた個体だけが持つ、高純度のエネルギーの塊。
断面には、霜降り和牛のような美しいサシが入っている。
食卓での「大逆転」
夕食の時間。
テーブルの中央にはカセットコンロと土鍋。昆布出汁が湯気を上げている。
薄く引いた寒ブリの切り身を、箸でつまむ。
熱い出汁にくぐらせること、3秒。
表面が白く変わり、少しだけ身が縮んだ瞬間、引き上げる。
ポン酢にワンバウンドさせ、口へ放り込む。
「……」
声が出ない。
熱で適度に溶けた脂が、舌の上で甘く広がる。しかし芯には刺身の弾力が残っている。
脂っこさは微塵もない。ただただ、旨味の奔流だ。
「ちょっと、パパ食べすぎじゃない?」
隣から呆れた声。妻だ。
しかし、その箸は止まっていない。普段は刺身を一切れしか食べない娘も、無言で次々と鍋に肉を投入している。
「パパ、これ美味しい! おかわり!」
ほんの数時間前まで、私を「変人」扱いしていた二人の笑顔。
現金なものだ、と思う。でも、悪い気はしない。むしろ、この瞬間のために私は震えながら竿を振っていたのだと思える。
「でしょう? 寒くないと、この脂は乗らないんだよ」
胸を張って答える。
朝の冷たい視線は、湯気と共に消えていた。

「バカ」になれる幸せ
この投稿を読んで、深く頷いた釣り人は多いはずです。
私たちは、魚を釣っているようで、実はこの「肯定される瞬間」を釣っているのかもしれません。
極寒の海、悴む手、重い荷物。それら全ての苦労が、家族の「美味しい」の一言で報われる。そのカタルシスを知っているから、懲りずにまた週末の天気予報を見てしまうのでしょう。
1月が終わります。しかし、海の中の冬はこれからが本番です。水温はさらに下がり、魚たちの脂はさらに乗り、美味しくなります。
「来週も寒そうだね」
そう言いながらニヤリと笑う。
そんな愛すべき「釣りバカ」たちに、幸多き2月が訪れますように。
